人生の先生との出会い

そしてもちろん、西田さんが生み出す技術についても存分に伺いました。京都の染色工房は大きくわけて2つのパターンがあって、「小幅(こはば)」という着物に使われる反物を染める工房と、「広幅(ひろはば)」という洋服やインテリアに使われる反物を染める工房があります。着物産業で栄えた京都は、圧倒的に前者が多く、西田さんの「広幅」を染める工房は希少であることを知りました。「小幅」は、一反が13Mほどですが、「広幅」は23Mほどあります。それだけ広い場所が必要であることから、その維持が難しいなかで、西田さんの工房はシルクスクリーン(型をつかって柄を染色していく方法)だけでなく、手描きで染めることのできる、世界的にも稀な工房であることを知りました。

さらに西田さんは、半世紀近いキャリアに裏付けられた経験則を総動員して、数々の「ヨソではできない」技法を編み出していました。ろうけつ染め風の独特の割れ模様が特徴的な「彩纈染め(さいけつぞめ)」や、「ぼかし染め」、「すりはがし染め」といった、機械では生み出せない繊細な表情をもつ作品が、その代表作です。西田さんの技術は、海を渡ってフランス・パリへ、コレクションブランドでも採用されるほどの至高へと洗練されていたのです。

価値あるものが驚くほどの安値で取引される現実 自分に何ができるのか

そんな世界でも評価される技術をもつ西田さんの加工賃は、驚くほど安く、場合によっては数百円という金額で取引されていることも知りました。一方で、染料の値段はあがっているために、ほとんど利益を出せる構造ではありませんでした。一昔前は布の問屋が力をもっていたため、原価の積み上げ方式で売価を決めることができました。しかし今はブランドが力をもつようになり、売価が決定されてから、原価を逆算していくようになったことで、加工賃が押し下げられている構図も見えてきました。そのようなサプライチェーンがあるなかで、自分に何ができるかを問い続けていました。

数値化できない「職人文化の魅力」を残したい

職人文化が衰えていくと、その地域の魅力は低下し、そこに人が訪れなくなって、地域経済はまわっていきません。人から求められなければ淘汰されていくのはわかります。しかし、ぼくたちの生活は数字や経済的なことだけでは語りきれないにもかかわらず、儲からないからという理由だけで失われていくことに強い危機感を覚えました。そうしたことを思っていると、染料で汚れた西田さんの手が、とても美しく見えてきます。そうしてぼくは、アイロンのあたったスーツを脱ぎました。2018年7月、結婚を決めた人がいて、その人のお腹には赤ちゃんがいるときでした。